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DATE: CATEGORY:日記
『本を読め、映画観ろ、とにかく何かに感動してろ』
『怠情な俳優は最低だ!常に何が足りないか見つめ直せ!』
『自分だけの表現のブランドを作れ』
『俳優の最優先の仕事はオナニーじゃなくて劇作家の台本をきちんと伝える事なんだよ!』

エトセトラエトセトラ…



煽動



アジテーション



演出席の蜷川幸雄が常に叫ぶ



劇作の『そこ』の部分まで持っていくために




良く俳優さんで、大声じゃなく普通に言ってくれれば出来ます、と言う人がいる



そこで蜷川は闘う



『ただ人を殺める芝居でなく世界中の家族を殺された
代弁者として演技するんだよ!』


果たして普通に言って世界中の悲しみを背負って演技が出来るのだろうか



ならば最も合理的に俳優の演技を『そこ』に持って行くために演出家や俳優は




どのように成長していかなければならないのだろうか




勉強
改革
成長



勿論だがそこに新しく



見地
展開
ブランド性



を強化していかなければならない



久しぶりの邂逅
もう少しだけおつきあい下さい






道路に一生懸命咲いていた








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DATE: CATEGORY:日記
夏の公演が終わってずっと身体が不調だった



実は刀も振るえず



初めて限界かな、と腹を括っていた



走って来た




16才の時は小栗旬たちと




桐朋学園大学演劇専攻に入りながら芸能活動もして





数々の素晴らしい人と出逢って





未だに素晴らしい人達とはありがたい事に付き合わさせて頂いて




『何か伊木は放っとけないから』




そんな優しい言葉に甘えて甘えて




図にのりやすい僕はその声に応えようと何度も何度も走って



走って



走って








大学3年の春、蜷川幸雄に出会った




本物の演劇を彼は
これでもかというくらい
僕に体当たりで教えてくれた




それが本当に嬉しくて嬉しくて




でも蜷川さんの稽古は僕の稽古とは比べものにならない程早くて




でも一言一言の言葉が本当に輝いていて




一字一句漏らさないよう




僕はMDに全て録音しながら




何日かかけて





知らない人物や単語、歴史背景や文化、何故あえてその言葉を用いたのか等




頭がおかしくなるくらい




勉強して勉強して勉強した





時には電話もした




蜷川カンパニーの時も同じで

蜷川さんはエチュード発表のない日は来ない

僕は彼が鬱陶しくなるくらい

毎週のように見てもらった

学校だろうがベニサンピットスタジオだろうが関係なかった

4年半、みっちり、ストーカーしてやった(笑)




その間に僕は別世界カンパニーを作った



いつの間にか仲間が沢山いてくれていた



蜷川さんに教わったこの風を自分の劇団にもふかせてみたい




いつしかそう考えていた




そうしていた矢先、蜷川さんに
ニナガワカンパニーダッシュはそろそろなくすからお前外国行って修行してこい




そう言われた




アメリカ行きを決めた最大のきっかけだった




20代半ばだったかな



そして新たな師、アジア人で初のブロードウェイミュージカルヒロインを勝ち取った宮本さほさんに僕はニューヨークでお世話になった



彼女は実は東宝ミュージカルの振り付けもやっていたのだが馬鹿らしくて辞めたらしい(笑)




僕はセントラルパークのホテルでいれてくれたコーヒーの味を




今でも
忘れた事がない




余談だがこの時まだ、auはIDOという会社で





別世界カンパニーの指揮を携帯でしたらやたら通話料金がかかり偉い目にあった




日本との時差も考えて早朝電話したのだが
それでも向こうは22時頃だったから



ミュージカルアイーダの裏方をやらせてもらったり



ニューヨークは本当に刺激的で勉強になった



そして
さほさんとは今でもお世話になりっぱなしである…




帰国して別世界カンパニーの活動が増えた



また、走り続ける




ベニサンピットの支配人である瀬戸さんにも大変お世話になりっぱなし



9スタジオあるなかの一つを



伊木はアホだから仕方ないな、と



快くかしてくれた




第4スタジオが主だった



ここは



この場所はかつて



蜷川カンパニーのオーディション会場であり



野田秀樹さん率いる夢の遊眠社の稽古場であり



数々の名優が稽古した場所



二階スタジオは松竹、三階スタジオは三越、そして五階の屋上には蜷川スタジオ




そんな中にハサマレテ
何故か僕たちは稽古していた


あれは確か…



20代後半になった頃だったか…




僕は気を使い過ぎるとたまに言われるけど




それは瀬戸支配人に言って下さい(笑)





芝居も殺陣も様々やりたいことをした





あまり話していないけど僕に殺陣やアクションを教えてくれたのは國井正廣さんだ。学生時代から蜷川カンパニーまでずっとお世話になった。


國井正廣
舞台から映画まで幅広く活躍。現代アクションにて「ファイティング・コーディネーター」「アクション・コーディネーター」などの表記を先駆けて起用、現在「ファイト・コレオグラファー」の表記にて活動中。海外でも高い評価を受け、日本人で唯一ワークショップでの講師を務める。
林邦史朗に師事し、1984年「オフィス國井&悪童児」を設立。1990年には、初の日本人殺陣師としてブロードウェイ・ミュージカル『将軍』に参加。以後、ニューヨーク・イタリアで殺陣の海外公演を成功させる。蜷川幸雄作品では、『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『タンゴ・冬の終わりに』『タイタス・アンドロニカス』『コリオレイナス』『ヘンリー六世』等多数に参加。



話を戻そう



別世界カンパニーは最初劇団だった



多いときは13.4人居たと思う



旗揚げ公演は以外にも成井豊の『銀河旋律』と『広くて素敵な宇宙じゃないか』だったと思う




蜷川カンパニーと並行してたので多分20才前半だった




そこから絶対に次の劇場と公演を決めて




今日まで走り続けた




3.11の時は本番中に被災し




劇場に泊まった事もあった




主演を務めて頂くはずの桜塚やっくんが




衣装あわせの5日後に亡くなった事もあった




でも次の公演だけは決めていた




常に疾走していた、師、蜷川幸雄の様に


そう



2018年のこの時までは



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来年共にやりましょうね✨

明日はりょうさんだ



ゼロからの出発



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載せるの忘れてた(笑)
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舞台『信長の野望』にりょうさんが出演されるとの事なので観劇に行きました。

当初は金曜日のside織田徳川した見られなかったのですがりょうさんの回想シーンがあるとのことでしたので急遽日曜日夜のside武田上杉も観劇へ。



信玄の息子の友常さんや上杉謙信役の根本さん等



久しぶりに良い役者を観劇でき満足でした



楽屋挨拶は勿論、二公演ともりょうさんとご飯へ


一日目は別世界車でドライブしながら




一緒にりょうさん宅付近まで



side武田上杉の楽日はキャストの皆さんでよくいかれているという日本海庄屋へ行き貴重なお話を頂けました






年末にかけて大忙しなりょうさん

お身体ご自愛下さいませ。

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検査や治療の日が続く…



全部売り切れ(笑)

キミも満身創痍か…
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