文学座に期待の演出家が居るということで秋葉原でやっている芝居に差し入れした後久しぶりに信濃町のアトリエに行ってみた
懐かしい…
文学座のアトリエに来るのは何年ぶりだろう…まだ劇場の屋根がボロボロだった頃だ…
確かネコがいっぱい居たような(笑)10年以上前だなあ…
昔文学座の演出家のTさんに【あそこ霊が居ますよね?】って話た所【霊は居ないよ、霊になりそうなヤツは沢山いるけど】って言って大爆笑した記憶がある、あのパンフレットのinterviewも10年位前だなあ…

さてチェーホフの三人姉妹である
色々な【三人姉妹】を観てきた。ベニサン・ピットがまだあった頃、決まって支配人の瀬戸さんが「いい仕上がりだ」とおっしゃり、貸していただいていた4スタジオから劇場へ足を運んだっけ。瀬戸さんはその後、必ず前の蕎麦屋か中華料理か渡辺えりさんの通いつけの旨いラーメン屋(餃子が!)か、デビッドルヴォー通いつけのお好み焼き屋に別世界カンパニーの皆を連れて行ってくれていた。松たか子さんがまだ無名だった頃、三島由紀夫の近代能楽集を仕掛けたのも、永井愛さんや鐘下さんを育てたのも瀬戸さんだ。鐘下さんがスランプだった時「1年位休め」と言っていたのを思い出す。4スタジオは元々夢の遊眠社がよく使っていた。勿論主宰は野田秀樹さんである。上には蜷川カンパニー、下はシスカンパニー、で別世界カンパニーは4スタジオだった(笑)場違い感半端ない、たまに屋上に上がるついでに蜷川さんが「どうだよ、いいもん作ってんのか演出家」とか言ってイビられたりした嫌な思い出がいっぱいある。
話がそれてしまった、が、僕が最高の三人姉妹だと思ったのは、1999年の蜷川さん演出の【三人姉妹】だ。
原田 美枝子(マーシャ、次女)
村井 国夫(ヴェルシーニン、陸軍中佐)
荻野目 慶子(ナターシャ、アンドレーの許婚・妻) 菅生 隆之(アンドレー、長男) 原 康義(クルイギン、マーシャの夫)
川本 絢子(イリーナ、三女)
高橋 洋(トゥーゼンバッハ男爵、陸軍中尉)
で最高だったのは、先輩の川本さんのイリーナと洋さんのトゥーゼンバッハ!
僕より二期上(カンパニーには何期とかの概念がないが)位が川本さんだったのだが、本当に大抜擢である。高橋洋さんは【キル】位から注目浴びてたと思うけど。
あのイリーナは未だに忘れられない
1999年というからもう16年前か…
いつか一緒に川本さんとエチュードやりたいものだと思っていた、憧れというか、恋愛というか、そんな感情を持ってベニサンの屋上に通った。
でも川本さんは突然辞めてしまった
聞けば結婚だか家族の事情だとかでアメリカに行ってしまいもう戻って来ないのだという、才能の塊だったのに何ともったいないことだ…
蜷川さんはよく「様々な理由で辞めなければならない人達もいる、俺達はその数えきれない死体の上で芝居をしているんだ」と言ってた、でもやっぱり期待していた人間が離れて行ってしまう事に、少し悲しそうだった。
イリーナを観る度に、僕は川本さんを思い出す。僕のショートカット好きはもしやあれから来ているのか…

さて…
文学座の演出家の高橋さんは、やはり若手のホープだった。空気と間の作り方があそこまで上手いのは、様々な戯曲、特に現代戯曲をよく勉強している証拠だ。ただ単に飽きさせないようにするのでなくそこにメタファをきちんとあらわにする。止まった時計と動いている時計のセットは当たり前であった上流階級の特権が壊され(時計が止まり)、新しい時間が動いているにも関わらず昔に執着せざるおえない人々の象徴である。落ちている黒い葉は自ら三人姉妹が壊してしまった夢の欠片、最初から蒔いてあるのはモスクワという希望の象徴が、初めから崩れかけている事を現している。戯曲をきちんと理解しているだけでなく、クローズアップ手法に特化している新しいタイプの演出家だった。
照明泣かせのセットだが、照明さんのエリアの区切り方、明かりの混ぜ方、タッチの仕方など素晴らしい。役者も若いながらよくやってる。台詞、やはりこれに限る。
終演後、演出家の高橋さんと会話をしたが「誰か良いのがいれば使って下さい」と本当に低姿勢で素晴らしい方だった、いつか一緒に仕事したい、と心から思った数少ない人物だった。
帰路、やはり思い出す。
ベニサンピットの屋上で、キュートなイリーナがベランダでサンドイッチを食べていた。じっと見ていると「食べたいの?」と言って少し分けてくれた。
しばらく無言、そして「桐朋?」って聞かれた。僕は少しすまなそうに「はい…」と答えた、今でもそうだが特に桐朋出身は芝居は理屈っぽく社会勉強が足りないヤツが多い、と思われていたからだ。
「名前は伊木です」
「伊木君ね、よろしく」
麦わら帽子越しに、笑顔だけど少し冷たさを秘めた表情、そして日焼け止めをつけて隅田川をながめる眼差し、その大きな目…
「そんな格好して暑くない?」
確かに毎日黒ばかり、春先だというのに学生上がりの貧乏な僕は汚れが目立たない黒のみ…
それに引き換え彼女は白のワンピース、涼しげに網のカバンを抱えている
「暑いです…」
「だよねぇ(笑)」
「はい苦笑」
「…」
「…」
その時、エチュードの相手役が来た
「じゃね」
「あ」
「え?」
「これ(サンドイッチ)ありがとう、ございました」
「(笑)」
それがイリーナとの最後の会話だった
…
文学座の関係者は信濃町に降りると緊張するという
だが僕にとっては
久しぶりに淡いあの日のあの時の川本さんの思い出
イリーナにまた出逢えた切なくてやすらぎの場所だった
演劇は素晴らしい
アメリカのどこにいるのかわからないけど
青空のような、あの眼差しを
僕も持っていたいなあ…