Herbert Berghof ■ウィーンの王立演劇アカデミーに学び27年に舞台デビュー。以降12年に渡りヨーロッパ各地の舞台に立ち、古典から現代劇まで120にも及ぶ役に扮して活躍。39年にナチから逃れるためにNYへ渡り、41年からはブロードウェイにも出演して多数の作品で評価を得た。また56年には『ゴトーを待ちながら』のアメリカ初演の演出を手掛けるなど、演出家としての成功も納めている。一方46年には妻、ユタ・ヘーゲンと共にスタジオを設立。アン・バンクロフトやデ・ニーロ、ライザ・ミネリ、アル・パチーノなど100人以上もの指導にあたって多くの名優を輩出したことでも知られている。演技指導者の御多分に漏れず、映画出演は少ないが「ハリーとトント」や「新・刑事コジャック/ベラリス・ファイル」などで印象に残る名演を発揮している。90年に心不全のために死亡。