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DATE: CATEGORY:日記


若いうちは…




という言葉が嫌いです




なぜなら若くても身体の不自由な人もいるし




お年を召されても




活発でクリエイティブな方も沢山いらっしゃるからです



加齢による『仕方ない』を否定しているわけではありません、でも最近は加齢も関係ある時とない時がありますよね(笑)




私が夏以降に本格的に患っている『脊柱官狭窄症』は55才以上からが多いというし…😣


さて


三島由紀夫の近代能楽集の中に
『弱法師』という作品があります。


ホリプロ系列かな
藤原竜也が主演でやって好評でした


その中の台詞に
『年齢がなんだっていうんです年齢が!』


という台詞があります



『年齢というのは何かの道しるべ』



みたいな台詞だったと思います


私、この作品大好きです



そもそも弱法師という作品は能なのですが、それを元に三島由紀夫が作り上げたのが近代能楽集です



弱法師に出てくる台詞の数々
本当に奥が深いです
皆さまも是非ご一読、オススメ致します✨


さて、忘年会が続きます



別世界カンパニーは忘年会というか、プライベートパーティーのようなものを企画しています



ありがたい事に様々な忘年会にも顔を出します



肝臓さんからはついに見放されてしまいました(数値が…)



ここで耳寄り情報です



薬局ではペパリーゼやウコン等、最近ではウルソも売っていますね。




宴会前に…




勿論必要です、が、あれ結構高くないですか?




配合量も少ないし…



そこで朗報です!


はい、医薬品で結構、でてます。

しかも安くて高配合です。

次回は『飲み会に最適な僕の医薬品君達』を紹介したいと思います


漢方薬も効きます✨



皆様に少しでもの役立ち情報を


ではまた







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DATE: CATEGORY:日記


テレビ東京のカメラも入った松本梨香さんのbirthdayライブにご招待されました

場所は道玄坂をあがったユニクロの上でございます





久しぶりにここら辺に来ました

ここら辺は懐かしいです

蜷川カンパニー時代
Bunkamuraシアターコクーンに毎日通いました(笑)


見渡す景色は変わったと思いきや
不思議と様々な店は変わっても


どこか懐かしく


どこか暖かく



昔の自分が
様々な悩みを抱え



坂をあがって行く錯覚に陥ります



いや、思い出に浸るのはこれくらいにして



今日は梨香さんのbirthdayライブです👍


一年間は早いですよね、一年前がつい昨日のよう…(笑)


去年はそう、代アニのスタジオだったっけ













(;゜0゜)
俺着ている服同じ(;゜0゜)

で、今年。
テレビ東京のアニメ企画とコラボレーションしているみたいで様々な方々がいらっしゃいました。



ここは初めて来たけど様々な方々がライブされているようです👍居心地も良きかと✨





オリジナルカクテル🍸
電気が走ってます(笑)




勿論、ライブは最高でした!✴
やっぱり元気でますね梨香さんは。
今年もありがとうございました✨

~梨香さんとの今まで~



















































 


~梨香さんとのこれから~










   



(⌒‐⌒)

 






今日も晴れて





みんなが


笑顔で


幸せな1日になります様に…




感謝を込めて。
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載せ忘れておりました…


観劇後のお茶会(*^^*)
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縦へのアプローチ、横へのアプローチ


何十年も前から同じことが中、小劇場で唱われます




中小劇場あるある



『色々な所に出演した方がよい』
『経済的に負担にならない所がよい』
『前回楽しかった仲間とだから団体が変わっても仲間が居れば楽しいはずだ』
『誰彼の紹介だから間違いないはずだ』
『自分の自慢の殺陣は色々な所で認められるはずだ』

中には

『これは2.5次元だから面白いはずだ(笑)』



経験から正直言わせて下さい



上記のように
横のつながりだけでお芝居してたら確実に
『消えます』




何故邂逅でこのような事を言うのかというと



『才能がもったいない』



最近そんな若者が増えてきているからです



よく
『何故伊木さんは有名な人とお仕事出来るんですか』
と聞かれます




答えは一つ。縦の動きを教わりしてるから、です。




ある公演に出演したとします



楽しかった、勉強になった、主演だった、好きな団体だった、知り合いが増えた…エトセトラエトセトラ


!?



でもその先のゴールは?



あなたが元々、最初に描いていたのはテレビや映画に引っ張りだこの俳優ではなかったのか?人気アニメの声優ではなかったのか?アクションヒーロー(特撮)の主演ではなかったのか?


少なくともSNSを頑張って集客する事ではないはず(努力を否定ではなく大部分、これはスタッフさんやマネージャーの仕事です)



様々な事に挑戦することはとても素晴らしい事です
やりたいことを自由にやる、それも勿論よし



でも自分が本当に叶えたい夢があるならば
最短距離でそこに向かった方がより素晴らしいはず



そう、思うのです



少なくとも僕はそう教わりそうしてきました


『常に第一線で頑張っている人と共にあれ!』
『朱に交われば必ず赤くなる!第一線のDNAに芯までつかれつかれ』



そう、教わってきました



初めて描いた夢は必ず叶う



若者の笑顔が無限の可能性を広げ
この不安定な世の中に一筋の希望の光を見出だす



ほんの少しでもその手助けを僕達が出来たのなら




それは産まれてきた甲斐があったな、オレも




そう、思います



僕が教わったこのマインドが
皆さんのやりたいことの足しになります様に…


さて



さて


告白します

 

実は長年の無茶がたたり


2018年手掛けた2作品
『生きていた総司』
『新撰組伝クロノス』


では満身創痍で身体も動かせませんでした


勿論殺陣等も本来の3分の1も動けず後悔が残ります
(もっと親身に共に刀を振ってあげたかった、と)


MRI.CT.レントゲン.内視鏡.pet


今までなにもしなかった分あらゆる検査をしました


結果は『脊椎管狭窄症』



主に55才以上に多い病気です(笑)



頚椎、胸椎、腰椎に狭窄が見られるって



背骨イカれてんじゃん!



手術を勧められましたが心配したら一生車イスとの事



じゃ治るのか、と考えたら、どうやら様々なアプローチがある模様



ならば…闘える。



別世界カンパニーの次回公演は恐らく7月になると思います


今からビックリすることを仕掛けて仕掛けてます(笑)



やはりお芝居は質が全てだと思うのです
良質な作品を手掛けられるよう
今は修行期間
全てを見つめ直す期間です




本当の味を提供する老舗でありたい



その為には日々の努力を形に
その形を更に昇華する覚悟を徹底する事


来月39才というこれまた中途半端な私は
そう感じる毎日を過ごしております



これまで三回に渡る邂逅にお付き合い下さいましてありがとうございました


私を知っている人はわかって頂けると思いますが
自分の事を語ることが大変苦手なのです



ですが他者とのコミュニケーションなしに演劇は成り立ちません



僕の団体は師のダメ出しに世界で唯一

(株)蜷川カンパニーの公認を頂き

日々更新させて頂いております


蜷川イズム継承者の数少ない生き残りとして


これからも


より良質な素晴らしい演劇を創る事に決して妥協しないこと



初心に戻り歩み続けたいと思います



読んで頂きありがとうございました

























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『本を読め、映画観ろ、とにかく何かに感動してろ』
『怠情な俳優は最低だ!常に何が足りないか見つめ直せ!』
『自分だけの表現のブランドを作れ』
『俳優の最優先の仕事はオナニーじゃなくて劇作家の台本をきちんと伝える事なんだよ!』

エトセトラエトセトラ…



煽動



アジテーション



演出席の蜷川幸雄が常に叫ぶ



劇作の『そこ』の部分まで持っていくために




良く俳優さんで、大声じゃなく普通に言ってくれれば出来ます、と言う人がいる



そこで蜷川は闘う



『ただ人を殺める芝居でなく世界中の家族を殺された
代弁者として演技するんだよ!』


果たして普通に言って世界中の悲しみを背負って演技が出来るのだろうか



ならば最も合理的に俳優の演技を『そこ』に持って行くために演出家や俳優は




どのように成長していかなければならないのだろうか




勉強
改革
成長



勿論だがそこに新しく



見地
展開
ブランド性



を強化していかなければならない



久しぶりの邂逅
もう少しだけおつきあい下さい






道路に一生懸命咲いていた








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夏の公演が終わってずっと身体が不調だった



実は刀も振るえず



初めて限界かな、と腹を括っていた



走って来た




16才の時は小栗旬たちと




桐朋学園大学演劇専攻に入りながら芸能活動もして





数々の素晴らしい人と出逢って





未だに素晴らしい人達とはありがたい事に付き合わさせて頂いて




『何か伊木は放っとけないから』




そんな優しい言葉に甘えて甘えて




図にのりやすい僕はその声に応えようと何度も何度も走って



走って



走って








大学3年の春、蜷川幸雄に出会った




本物の演劇を彼は
これでもかというくらい
僕に体当たりで教えてくれた




それが本当に嬉しくて嬉しくて




でも蜷川さんの稽古は僕の稽古とは比べものにならない程早くて




でも一言一言の言葉が本当に輝いていて




一字一句漏らさないよう




僕はMDに全て録音しながら




何日かかけて





知らない人物や単語、歴史背景や文化、何故あえてその言葉を用いたのか等




頭がおかしくなるくらい




勉強して勉強して勉強した





時には電話もした




蜷川カンパニーの時も同じで

蜷川さんはエチュード発表のない日は来ない

僕は彼が鬱陶しくなるくらい

毎週のように見てもらった

学校だろうがベニサンピットスタジオだろうが関係なかった

4年半、みっちり、ストーカーしてやった(笑)




その間に僕は別世界カンパニーを作った



いつの間にか仲間が沢山いてくれていた



蜷川さんに教わったこの風を自分の劇団にもふかせてみたい




いつしかそう考えていた




そうしていた矢先、蜷川さんに
ニナガワカンパニーダッシュはそろそろなくすからお前外国行って修行してこい




そう言われた




アメリカ行きを決めた最大のきっかけだった




20代半ばだったかな



そして新たな師、アジア人で初のブロードウェイミュージカルヒロインを勝ち取った宮本さほさんに僕はニューヨークでお世話になった



彼女は実は東宝ミュージカルの振り付けもやっていたのだが馬鹿らしくて辞めたらしい(笑)




僕はセントラルパークのホテルでいれてくれたコーヒーの味を




今でも
忘れた事がない




余談だがこの時まだ、auはIDOという会社で





別世界カンパニーの指揮を携帯でしたらやたら通話料金がかかり偉い目にあった




日本との時差も考えて早朝電話したのだが
それでも向こうは22時頃だったから



ミュージカルアイーダの裏方をやらせてもらったり



ニューヨークは本当に刺激的で勉強になった



そして
さほさんとは今でもお世話になりっぱなしである…




帰国して別世界カンパニーの活動が増えた



また、走り続ける




ベニサンピットの支配人である瀬戸さんにも大変お世話になりっぱなし



9スタジオあるなかの一つを



伊木はアホだから仕方ないな、と



快くかしてくれた




第4スタジオが主だった



ここは



この場所はかつて



蜷川カンパニーのオーディション会場であり



野田秀樹さん率いる夢の遊眠社の稽古場であり



数々の名優が稽古した場所



二階スタジオは松竹、三階スタジオは三越、そして五階の屋上には蜷川スタジオ




そんな中にハサマレテ
何故か僕たちは稽古していた


あれは確か…



20代後半になった頃だったか…




僕は気を使い過ぎるとたまに言われるけど




それは瀬戸支配人に言って下さい(笑)





芝居も殺陣も様々やりたいことをした





あまり話していないけど僕に殺陣やアクションを教えてくれたのは國井正廣さんだ。学生時代から蜷川カンパニーまでずっとお世話になった。


國井正廣
舞台から映画まで幅広く活躍。現代アクションにて「ファイティング・コーディネーター」「アクション・コーディネーター」などの表記を先駆けて起用、現在「ファイト・コレオグラファー」の表記にて活動中。海外でも高い評価を受け、日本人で唯一ワークショップでの講師を務める。
林邦史朗に師事し、1984年「オフィス國井&悪童児」を設立。1990年には、初の日本人殺陣師としてブロードウェイ・ミュージカル『将軍』に参加。以後、ニューヨーク・イタリアで殺陣の海外公演を成功させる。蜷川幸雄作品では、『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『タンゴ・冬の終わりに』『タイタス・アンドロニカス』『コリオレイナス』『ヘンリー六世』等多数に参加。



話を戻そう



別世界カンパニーは最初劇団だった



多いときは13.4人居たと思う



旗揚げ公演は以外にも成井豊の『銀河旋律』と『広くて素敵な宇宙じゃないか』だったと思う




蜷川カンパニーと並行してたので多分20才前半だった




そこから絶対に次の劇場と公演を決めて




今日まで走り続けた




3.11の時は本番中に被災し




劇場に泊まった事もあった




主演を務めて頂くはずの桜塚やっくんが




衣装あわせの5日後に亡くなった事もあった




でも次の公演だけは決めていた




常に疾走していた、師、蜷川幸雄の様に


そう



2018年のこの時までは



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来年共にやりましょうね✨

明日はりょうさんだ



ゼロからの出発



最近の俺のテーマ
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載せるの忘れてた(笑)
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舞台『信長の野望』にりょうさんが出演されるとの事なので観劇に行きました。

当初は金曜日のside織田徳川した見られなかったのですがりょうさんの回想シーンがあるとのことでしたので急遽日曜日夜のside武田上杉も観劇へ。



信玄の息子の友常さんや上杉謙信役の根本さん等



久しぶりに良い役者を観劇でき満足でした



楽屋挨拶は勿論、二公演ともりょうさんとご飯へ


一日目は別世界車でドライブしながら




一緒にりょうさん宅付近まで



side武田上杉の楽日はキャストの皆さんでよくいかれているという日本海庄屋へ行き貴重なお話を頂けました






年末にかけて大忙しなりょうさん

お身体ご自愛下さいませ。

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検査や治療の日が続く…



全部売り切れ(笑)

キミも満身創痍か…
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